アリスズ
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 美しい、太刀筋だった。

 月夜の下、彼女は一太刀ごとに流れるように敵を屠ってゆく。

 斬られたことにさえ気づかず、数歩歩く者もいるほどだ。

 人の身体が、斜めにずれていくという光景を、ダイは生まれて初めて見た。

 自分の剣が、金槌となんら大差のない武器であることを知ったのだ。

 しかし、彼はこの剣の使い方しか知らない。

 速く、強く、叩き潰していく。

 線、が見えるようだった。

 暗い月夜が、彼女の剣の刃を妖しく反射する。

 その光の線が、軌跡を描くのだ。

 ダイは──初めて人工物を美しいと思った。

 農村の生まれで、山や川に囲まれて育った彼は、都に来ても美しいと思える物とは出会えなかったのだ。

 石の大昔の建物も、店先に並ぶ装飾品も、ダイの心は揺り動かさなかった。

 だが。

 月の光の下の、あの剣と剣を振るう者の美しさは、この世のものではないとさえ思えたのである。

 全ての理屈が、違った。

 この世界にある理屈を、見知らぬ方向へ飛び越えているのだ。

 戦いは、強さだ。

 ひたすらに、強くなければならない。

 ダイは、それを信じてずっと剣を振るっていた。

 ただ、愚直に。

 生まれつきの体格のおかげもあって、彼はとても強い力を得ることが出来た。

 しかし、彼女は何ら身体的優位を持ってはいない。

 なのに。

 強かった。

 そして──美しかった。

 ただ、それは。

 月の美しさにも思えた。

 この国では、不吉で危険なもの。

 だが。

 ダイは、その美しさを否定できなかった。
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