アリスズ

「もう…子など産まんぞ」

 西翼のロジューは、思い出しながらうんざりした声をあげた。

 彼女が宮殿に来ているということで、景子は訪ねることにしたのだ。

 梅と菊と共に。

 小さい赤ん坊用の寝台で、ロジューの娘はすやすやと眠っていた。

 おそらく、景子の子たちと、ほぼ同じ頃に産まれた子だ。

「産まれる前は前で私を苦しめ、産まれた後は後で、やっぱり私を苦しめるんだからな」

 ぐったりと。

 彼女は、長椅子に身を投げ出していた。

 そんなロジューの視線が、景子の後ろに投げられる。

「初めて御目にかかります、ロジューストラエヌル=イデアメリトス=ソレイクル16殿下」

 ハレを抱いたまま、梅は初めましての挨拶に腰をかがめる。

「頭に馬鹿がつくほど丁寧な女だな…そっちの国の出身にしては」

 ちらりと、ロジューは菊を見る。

「お久しぶりです、殿下」

 殿下のところに、微妙なアクセントを置きながら、菊はうっすらと笑みを浮かべる。

 ああああ。

 景子は、ハラハラした。

 この二人は合わないだろうと思っていたが、やっぱり前回の会見の時に何かあったのだろう。

 そんな空気感だ。

「面白い見世物をしていたらしいな、この宮殿で。動物の芸か?」

 あきらかに、ロジューは菊を挑発している。

「この国の兵士を、殿下が動物と言い放たれるのでしたら、そうかもしれませんね」

 菊も、1ミクロンも引く気配がない。

 だが。

 梅の足が、ゴッと菊の足を蹴りつけた。

 菊は、声も出さなければテルを微動だにもさせなかったが、相方に視線だけは向ける。

「それより殿下…イデアメリトスの御子に、祝福をいただけませんか?」

 梅は、腕の中のハレを差し出すようにして、この場の空気を変えようとした。

「ああ…なるほど。愚甥が、自分の子と認めたのだな」

 ロジューは、的確に要点を掴み取ると、鼻先で笑った。

 彼女が、ハレを覗き込もうとした時。

 くちんっ!

 長い髪が当たったのか──ハレは小さなくしゃみを飛ばしたのだった。
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