アリスズ

「非番の日に、通ってきてよいでしょうか?」

 初入門は、近衛隊の男だった。

 数度、菊と手合わせをしたことのある、剛直そうな男。

 分かりやすいのが来たな。

「相手が見える時間まで、ここは開いているから、好きな時に来るといい」

 次の入門は、子供だった。

「シェローハッシュだ。学校が終わったら、通ってきてもいいか?」

 景子の住んでいた屋敷にいた子である。

 これは、叩き甲斐がありそうだ。

「学校から、『毎日走って』来られるか?」

「あったりまえだ!」

「それじゃ、約束だ」

 菊は、にこりと笑った。

 地獄の約束になった。

 三人目は──エンチェルクだった。

「早朝だけでもいいので…お願いします」

 これには、多少思うところがあった。

 女性だから、受けないという話ではない。

 彼女が、何故剣術を習おうとしているのか、その意図が分かったからだ。

「キツイよ?」

「頑張ります」

 エンチェルクは、拳を握った。

「痛いよ?」

「へ…平気です」

 奥歯を噛みしめる。

「これだけ近い生活をしているとね…途中で心が折れてもやめられないよ?」

 教えるとなったら、菊も手を抜かない。

 途中で彼女が挫折した場合、自分を責めて梅の側から離れてしまう可能性があった。

 それを、菊は危惧したのだ。

 梅は、本当にこの女性を頼りにしている。

 いなくてもやってはいけるだろう。

 だが、彼女を失った事実を、どれだけ残念に考え悲しむだろうか。

「私に出来ることを、ひとつでも増やしたいんです」

 それでも、エンチェルクは折れなかった。

 菊は、苦笑した。

 梅も、女冥利に尽きることだな、と。
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