アリスズ

「メシに誘ってもいいか?」

 道場で、一汗流した後──ダイがそう言った。

 外を見ると、見事な夕焼けが広がっている。

 どうやら、夕食に誘われているようだ。

 夜は、大体一人で食べる。

 梅とエンチェルクは、夜の戻りがはっきり分からないのと、宮殿で食事まで済ませてくることが多かったからだ。

 とは言うものの、食べ物に贅沢を言わない菊なので、残り物やパンなどを食べるだけなのだが。

 いまの菊は、堂々と外食が出来る立場ではない。

 道場を運営しているが、習う者からお金を取ることもないし、国から支給されているわけでもないのだ。

 実際、お金を稼いでいるのは梅の方で。

 要するに。

 菊は、住む場所を提供する代わりに、梅に食わせてもらっている、という状態だった。

 だから。

「隊長のおごりなら付き合おう」

 堂々と──彼女は、タカリ宣言をした。

 こんなこと。

 言わなくても、最初からダイはそのつもりだろう。

「隊長…」

 しかし、彼はそんなタカリ宣言よりも、菊の呼び方の方が不満だったようだ。

 ダイに至っては、菊のことを何とも呼ばない。

 まともに名前を呼ばれたのは、一度だけだ。

「あはは…都は何がうまいんだ?」

 そんな彼の腕を、バシバシ叩きながら、久しぶりのご馳走を素直に楽しみにすることにした。

 粗食でも問題なく菊は生きていけるが、うまいものをぜいたく品だと言って敬遠する人間でもない。

 うまいものはうまいものとして、味わっていただくだけだ。

 だが。

 この質問が、ダイを考え込ませることになろうとは。

「何が…うまいんだ?」

 帰ろうとしていた門下生の部下に向かって、思いっきり真顔で問いかけていた。

 うまいものを食わせたいために誘った──ワケではなかったようだ。
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