アリスズ

 アルテンと菊が、強引に本棚をこじ開けた。

 棚の陰にあったのは、下り階段。

 その階段の途中に──梅が倒れていた。

「梅さん!」

 景子は、驚きと悲鳴で駆け寄ろうとした。

 その身体を、菊に止められる。

「階段は狭い…アルテン、連れてきてくれ」

 彼女の言葉は、冷静だった。

 景子が駆け寄ったところで、何が出来るわけでもないのだ。

 はらはらしながら、アルテンが梅を抱きかかえてくるのを待つしかできない。

 だらりと下がる白い腕が、怖いほどだ。

 だが。

 景子には、見えていた。

 光が。

 彼女は、まだ生きている。

 ちゃんと、生きている。

 この目に、景子は感謝した。

 これで、また元の三人に戻れる。

 そう。

 思ったのに。

 梅は、執務室に運び込まれた寝台の上で、意識を取り戻さないまま、長い間高熱にうなされた。

 アディマが時折、金の炎で助けてくれたおかげで、熱は何とか下がったものの、梅は目を覚まさない。

 静かに、静かに横たわるだけの梅。

 水分だけは、何とか与えているが、元々細かった梅はどんどんやせ細ってゆく。

 つきっきりのエンチェルクも、どんどんやつれていった。

 そんな最中でも。

 時は無情に過ぎ、結婚式の日がやってきてしまう。

 一日もずらすことの出来ない、重要な国の祭りなのだ、これは。

 景子は、行かねばならなかった。

「梅なら、行って欲しいと願っているよ」

 菊の言葉の後押しに、彼女は後ろ髪をひかれながらも部屋を出ようとして──振り返った。

 うすぼんやりと光り続けている、梅の命の火を見るために。
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