アリスズ

 華やかな、イデアメリトスの世継ぎの結婚式だというのに。

 エンチェルクは、騒がしくなる音にもまったく反応しないウメを、心配しながら見つめていた。

 もう、すっかり足の腫れも引き、彼女のためにどれほどでも走れるようになったというのに。

 肝心のエンチェルクの主人は、この通りだった。

 白というより青い顔。

 ただ、呼吸を繰り返すだけの唇。

 このまま、消えてしまいそうなほど、彼女は儚かった。

 ウメのために、幾人もの見舞客が来た。

 イデアメリトスの御方、正妃になられる方、キク、アルテン坊ちゃん、東翼長に近衛隊長。

 ヤイクは、ウメのために何かをしようと頑張ってくれた。

 いつもは憎まれ口の多い彼も、ウメを好きなのだ。

 気つけの香を持ってきたり、薬を持ってきたり。

 だが、どれもうまくはいかなかった。

 どうしよう。

 そんな風に、ウメの前でエンチェルクがメソメソしていると。

「また、お邪魔するよ」

 出ていたキクが、戻ってきた。

 一人では、なかった。

「トー…よろしく」

 真っ白の髪。

 エンチェルクは、目を奪われた。

 老人以外で、こんな髪の色の男を、見たことがなかったのだ。

 ゆっくりとしていて静かで、キクとはまた違った独特の気配を持っている。

 そんな男が、ウメに近づいてきた。

 キクが連れてきたのだから、害を成す人ではない。

 それは分かっているのだが、少し怖いと思った。

 人というより、動物に近いもののように感じた、と言った方がいいか。

 彼は、親指を彼女のこめかみの辺りにあてたかと思うと、その唇から不思議な音を奏で始めたのだ。

 頭がゆさぶられる気がした。

 くらっと、よろけそうになる身体を、エンチェルクは何とか止めなければならなくて。

 一方、キクは。

 立ったまま微動だにしていないが──顔を顰めて、耳を塞いでいたのだった。
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