アリスズ
○
荷馬車が用意されていた。
飾り立てた幌のついた荷台の中は、暖かな敷物にクッションが用意されている。
お金持ちの移動手段、と言うべきか。
使用人たちが、荷馬車の準備を始めているのを見ながら、梅は先に旅立った一行のことを思い出した。
そう言えば、彼らは徒歩だった、と。
「夫人…私をここに連れて来た方々は、どうして荷馬車は使われなかったのですか?」
夫人が、最上の出迎えをする相手である。
それならば、もっと豪奢な荷馬車で移動してもいいはずだ。
「あの方は、自分の足で行かねばならぬのです…間に合えばいいのだけれども」
ふぅ。
イエンタラスー夫人は、ため息をこぼした。
「間に合う?」
梅は、繰り返す。
「そう…あの方は、誕生日までに──にたどり着かなければならないのだけれど」
心配そうな夫人の声。
彼女は、分からない言葉の意味を問いかけた。
「神殿よ…捧櫛の神殿」
神に櫛を捧げる特別な建物──平らにならした言葉で、ようやく意味が分かる。
神事の場所のようだ。
そこへ『彼』は、歩いてゆかねばならない、と。
ああ、なるほど。
神事には、形式がつきものだ。
身を清めたり、何らかの試練を受けたり。
そのような、しきたりなのだろう。
「でもねぇ…」
夫人は、困った顔をしている。
「もう、お二方も失敗してらっしゃるのよ…今回のお方がたどりつけないと、あとお一方しか残ってらっしゃらないはず」
空をあおぐのは、暗い未来について憂いているせいか。
梅もつられて心配しかけたが──記憶の中に住む者が、首をすくめて反論しているように思えたのだ。
定兼を携えた、彼女の愛すべき姉妹だった。
荷馬車が用意されていた。
飾り立てた幌のついた荷台の中は、暖かな敷物にクッションが用意されている。
お金持ちの移動手段、と言うべきか。
使用人たちが、荷馬車の準備を始めているのを見ながら、梅は先に旅立った一行のことを思い出した。
そう言えば、彼らは徒歩だった、と。
「夫人…私をここに連れて来た方々は、どうして荷馬車は使われなかったのですか?」
夫人が、最上の出迎えをする相手である。
それならば、もっと豪奢な荷馬車で移動してもいいはずだ。
「あの方は、自分の足で行かねばならぬのです…間に合えばいいのだけれども」
ふぅ。
イエンタラスー夫人は、ため息をこぼした。
「間に合う?」
梅は、繰り返す。
「そう…あの方は、誕生日までに──にたどり着かなければならないのだけれど」
心配そうな夫人の声。
彼女は、分からない言葉の意味を問いかけた。
「神殿よ…捧櫛の神殿」
神に櫛を捧げる特別な建物──平らにならした言葉で、ようやく意味が分かる。
神事の場所のようだ。
そこへ『彼』は、歩いてゆかねばならない、と。
ああ、なるほど。
神事には、形式がつきものだ。
身を清めたり、何らかの試練を受けたり。
そのような、しきたりなのだろう。
「でもねぇ…」
夫人は、困った顔をしている。
「もう、お二方も失敗してらっしゃるのよ…今回のお方がたどりつけないと、あとお一方しか残ってらっしゃらないはず」
空をあおぐのは、暗い未来について憂いているせいか。
梅もつられて心配しかけたが──記憶の中に住む者が、首をすくめて反論しているように思えたのだ。
定兼を携えた、彼女の愛すべき姉妹だった。