アリスズ

「櫛を捧げる旅路なので、あんなに髪を伸ばしてらっしゃったのですね」

 ぱけらんぽこらん。

 まったりした、荷馬車の旅が始まった。

 梅は便宜上、馬と訳したが、毛足の長い洋犬が大きくなったような生き物だった。

 この速度で、二日もゆけば隣領だそうだ。

「そうよ、あのお方たちは、みな髪を伸ばして神殿に向かう旅に出られるの」

 贈り物や、梅を自慢するための荷物を背に並べた夫人は、自分の美しく結わえた髪に手をあてる。

「ウメも、髪がとても美しいわ…どうして他の二人は、髪を整えなかったの?」

 言葉を覚えてゆく過程で、梅は菊と姉妹であると話していた。

 景子の説明には、少し困ったが。

「私たちの国では、髪は自由なんです。清潔でありさえすれば、誰からも咎められません」

 説明に、夫人は納得しかねるように、表情を曇らせる。

「この国の領主たちにとって、髪はとても大切なものなの」

 イエンタラスー夫人は、領主という立場であることを聞かされていた。

 領地と、その領民をたばねる長である。

「女領主たちは、髪を長く美しく整えておかねばならないし、男領主たちも肩より短くすることは出来ないわ」

 夫人の言葉に、梅は長髪だらけの男を想像して、少し苦手な気分になった。

 父親も祖父も、非常に髪が短かったからだ。

 これから連れて行かれるところにも、長髪の男領主が待っているのだろうか。

「わたくしたちは、髪に力が宿ると信じているの。だから、短くしないようにするのよ」

 なるほど。

 だから、『彼』はあんなにも髪が長かったのか。

 編んだ髪を、首に幾重にも巻きつけているほど。

 この世界では、『神』ではなく『髪』なのね。

 日本語で、くだらないだじゃれが、頭をよぎってしまった。

「ウメ…気分でも悪いの? 少し、顔が赤いわよ」

 自分で自分の考えに笑ってしまいそうになって、つい我慢しましたなんて。

「いいえ…大丈夫ですわ」

 梅には、言えそうになかった。
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