アリスズ
○
晩餐時。
梅は、夫人と晩餐室へと向かった。
テイタッドレック卿、その奥方──そしてボンボン。
奥方の着物への好奇のまなざしに、愛想よく微笑みながら、梅はもうひとつの視線を軽やかにスルーした。
ボンボンだ。
名前は、さっき聞かされた。
アルテンリュミッテリオ。
確かにウメと比べたら、お長いお名前ですこと。
どうにも、さっき彼女に袖にされたことを根に持っているようだ。
エンチェルクにも、気をつけるように言われている。
使用人を、よく泣かす男らしい。
意地もよろしくないし、女癖もよろしくないという素晴らしい風評だ。
そんな晩餐が終わった後。
応接室に場所を移して、演奏会となる。
梅は、竪琴を持ってきたエンチェルクから受け取った。
「ウメは、不思議な音楽を弾けるのよ」
イエンタラスー夫人の大げさな表現に苦笑しつつ、椅子に座り、そして膝の上に小さな竪琴を乗せる。
ゆるやかに、ゆるやかに。
『さくらさくら』、『荒城の月』、『ふるさと』、『花』。
目を閉じて奏でると、自分の知る限り美しい日本が瞼の裏によみがえる。
近代化してしまってはいるが、東京の下町に、京都や奈良に、そして数多くの田舎に、その景色は存在するのだ。
愛すべき自分の祖国を思いながら、梅は竪琴をつま弾いた。
最後の一音を奏で、音が完全に空間から消えうせると、ゆっくりと梅は目を開く。
「ああ…なんて切ない音なのかしら」
奥方は、目頭をハンカチで押さえていた。
夫人の目も、うっすらと潤んでいる。
テイタッドレック卿は、なにか思い返すようにうむと頷き。
アルテン坊ちゃんは──ほけーっと魂が抜けたように、梅を見ていた。
「お粗末様でございました」
卿と奥方を見て、謝意を表す。
そして、もう一人。
扉の側に控えていたエンチェルクも、魂が抜けかかっているようだった。
晩餐時。
梅は、夫人と晩餐室へと向かった。
テイタッドレック卿、その奥方──そしてボンボン。
奥方の着物への好奇のまなざしに、愛想よく微笑みながら、梅はもうひとつの視線を軽やかにスルーした。
ボンボンだ。
名前は、さっき聞かされた。
アルテンリュミッテリオ。
確かにウメと比べたら、お長いお名前ですこと。
どうにも、さっき彼女に袖にされたことを根に持っているようだ。
エンチェルクにも、気をつけるように言われている。
使用人を、よく泣かす男らしい。
意地もよろしくないし、女癖もよろしくないという素晴らしい風評だ。
そんな晩餐が終わった後。
応接室に場所を移して、演奏会となる。
梅は、竪琴を持ってきたエンチェルクから受け取った。
「ウメは、不思議な音楽を弾けるのよ」
イエンタラスー夫人の大げさな表現に苦笑しつつ、椅子に座り、そして膝の上に小さな竪琴を乗せる。
ゆるやかに、ゆるやかに。
『さくらさくら』、『荒城の月』、『ふるさと』、『花』。
目を閉じて奏でると、自分の知る限り美しい日本が瞼の裏によみがえる。
近代化してしまってはいるが、東京の下町に、京都や奈良に、そして数多くの田舎に、その景色は存在するのだ。
愛すべき自分の祖国を思いながら、梅は竪琴をつま弾いた。
最後の一音を奏で、音が完全に空間から消えうせると、ゆっくりと梅は目を開く。
「ああ…なんて切ない音なのかしら」
奥方は、目頭をハンカチで押さえていた。
夫人の目も、うっすらと潤んでいる。
テイタッドレック卿は、なにか思い返すようにうむと頷き。
アルテン坊ちゃんは──ほけーっと魂が抜けたように、梅を見ていた。
「お粗末様でございました」
卿と奥方を見て、謝意を表す。
そして、もう一人。
扉の側に控えていたエンチェルクも、魂が抜けかかっているようだった。