アリスズ

「もし…これで収穫量が上がれば、他の畑もやってくれると思うの」

 景子は、出立の準備をしながら、菊に語りかけた。

 既に畑からは、水が抜き終わっている。

 一晩、株を桶につけておいたのは、根が水に強いかどうかを見るため。

 そして、土の中の偏りきった微生物が、死ぬかどうかを調べるためでもあった。

 翌朝。

 桶の株は、昨日よりも遥かにキラキラと輝いていて。

 景子に、確信を持たせたのである。

 マメ科の植物を鋤きこんだのは、土の改良のため。

 微かな改善は見られたが、こちらは時間がかかることが分かった。

 数種類の苗を植えたのは、景子の知る限りの共栄植物の知識を総動員したテストだ。

 これも、わずかな改善の見られる植物がひとつあっただけ。

 本当は穀物の後には、豆や野菜など、違う植物を作るべきなのである。

 だが、それが出来ないというのならば、土を耕す時に他の種類の植物を一緒に鋤きこむのだ。

 いま、別の畑で作られている豆の枯れ草を、絶対に取っておいてくれと、景子は髭の男に熱心に頼んだのである。

 そして出来れば、豆の畑と穀物の畑を交互に入れ替えて使ってくれ、とも。

 途中、農民とは違う男が顔を出して、彼女のやったことを熱心に聞いていったが、あれは何だったのだろう。

「すごいね、景子さんは」

 菊が、穏やかに彼女をほめる。

「ス、スゴクナイヨ、全然スゴクナイヨ」

 不慣れなそれに、景子は思わず日本語さえもカタコトになってしまった。

「ただ…花もご飯も…どっちも大事だと思うの」

 ご飯がなければ、生きていけない。

 花がなければ、心が満たされない。

 植物は、そのどちらにもつながっているのだ。

 祖母の受け売りである。

「景子さんはきっと…食いっぱぐれないね」

 菊は、楽しそうに笑いながら立ちあがった。

「もし、この国で仕事に困ったら、農業技術者になるといい」

 腰に、刀を差す。

「農業…技術者?」

 景子も立ち上がりながら、荷物を背負った。

「そう…必要とされると思うよ」

 そして二人は──農村を後にしたのだった。
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