アリスズ

 ぷーっ。

 姉妹のやりとりに、ついつい景子は笑ってしまった。

 はっと、菊の視線がこちらを向く。

「あっ、ごめんなさい…そんなつもりじゃ」

 リアルな夢だなあ。

 景子は、すっかりくつろいで、二人を眺めていたのだ。

 そんな彼女に。

「ここは…どこだ?」

 菊が、周囲に視線を移しながら、茫然と呟く。

「草原…みたいですね」

 この素晴らしい景色を見ているのは、自分だけなのだろう。

 景子は、光り輝く草の野を、彼女たちにも見せてあげたいと思った。

「花屋は? 地震はどうなったんだ?」

 梅を支えるようにしたまま、菊は首を伸ばす。

 その懸命さが、かわいそうになってくる。

 だから、景子は言ったのだ。

「大丈夫、これは…夢なんですから」

 両手を広げて、空気を胸いっぱいに吸い込む。

 ああ、おいしい。

 花屋のある田舎の空気もおいしかったが、これはまた格別だ。

 雑味のない、指先までしみわたる空気だ。

「馬鹿な! これは夢じゃない!」

 なのに。

 菊は、即座に否定する。

 困ったなあ。

 景子は、苦笑した。

 これが夢でなければ、何だというのか。

 花屋で地震があったというのに、気が付いたら草原で寝てました──そんな馬鹿なことがあるはずがない。

 第一。

 これほど見事な草原など、景子の知る限り近くにはないのだから。

「そうね、夢じゃ、なさそうね」

 梅もまた、細い首を持ち上げる。

「だって…定兼があるもの」

 彼女は、菊が離さなかった布で巻かれた長物に、そっと触れた。

 え?

「じゃあ、ここはどこだ?」
「さぁ」

 そんな姉妹を前にして。

 え? え? 夢じゃないって? これが、夢じゃない?

 景子は、そーっと自分のほっぺたをつねってみる。

「えええーーーーー!?」

 痛みが脳に届いた直後、彼女は絶叫したのだった。

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