アリスズ

「あ、えっと…えっと」

 枝の上で、景子は焦った。

 言い訳の言葉は浮かぶが、どう見ても怪しさ炸裂である。

「それ、大事な木だから、勝手に登ったら怒られるんだよ」

 怒られたことがあるのだろう。

 大人の真似するように、ちびっこは両手を腰にあてて憤慨した顔をするのだ。

 そっか。

 景子は、作業を中断した。

 この木の所有者は、彼女ではない。

 自然にある、誰のものとも知れない木でもない。

 それに勝手に手を出すのは、いけないことだと分かったのだ。

 景子は、するすると木を下りた。

 昔から、おばあちゃんちに入り浸っていたせいで、木のぼりだけは得意だった。

 鎮守の森のご神木に登って、叱られた前科を持っている。

 あの木は、本当に美しくて優しくて、登らずにいられなかったのだ。

「ええと…お父さんかお母さん、近くにいる?」

 小刀を菊に返しながら、景子はちびっこに問いかけた。

「お母さんならいるよ! 待ってて!」

 ちびっこは、つむじ風のように周囲を囲む家の一つに駆け込んだ。

 そして、髪を編みかけの母を、引っ張り出してきたのである。

 子供が小さいせいか、まだ若い。

「まっ…お客様だなんて…ちょ、ちょっとお待ちを…すぐ髪を編んで参りますから」

 景子たちを見るや、母親はすぐに家に逃げ帰った。

 数分後。

 改めて、彼女はそぉっと建物から出てきたのだ。

「お恥ずかしいところを…」

 特に、菊を見て恥ずかしそうな顔をするのは──彼女の性別を間違っているからだろうか。

「あの、この木は…どちらの方の持ち物になるのですか?」

 景子は、丁寧にそんな母親に尋ねた。

「ああ、こちらの木は、管理は私どもの地区がしておりますが…持ち主は…」

 女性が手を捧げるように、遠くに向ける。

「捧櫛の神殿のものになります」

 周囲は、建物に囲まれているが。

 神殿は、その上に頭をのぞかせていた。

 少し小高い位置にあることと、建物そのものが高いせいだ。

 あら。

 ということは。

 この木に接ぎ木をしたいと思ったら──神殿の許可がいる、ということになるのか。
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