アリスズ

 神殿に行く口実が出来たな。

 菊は、またも一直線に植物に向いている景子を見ながら、苦笑した。

 彼女が一度こうなると、ある程度決着がつくまで、それしか見えないのではなかろうかと思えるほどだ。

 この町のどこかに、すでに御曹司がいるかもしれないというのに。

 だが、それは彼女が御曹司を軽んじている意味と、違うことは分かっていた。

 人は、理と情がある。

 景子の理は、植物にあり、情はあの御曹司にある。

 菊の理は、定兼と剣術にあり、情は梅にある。

 その二つがあって、人なのだ。

 どちらも、ないがしろには決してできないものだった。

『仕事と私と、どっちが大事なの!?』

 日本では定番の、女性のセリフがあるが、あれは理と情の片方を選択しろと言っているものである。

 情の中だけでも、優先順位をつけるのは大変だというのに、理と情の天秤などかけられるものではない。

 景子は、理のために枝を持って神殿へゆく。

 運がよければ、情ともつながるかもしれない。

 御曹司たちの情報を、神殿から手に入れられるかもしれないのだから。

 二人は、神殿に向かって歩き出した。

 巡礼の列は、途中で右にそれる。

 小さな神殿の方。

 菊は、その列から離れた。

 小高い丘へと向かう道だ。

 大きな石の柱で組み上げられた神殿が、丘の上に鎮座している。

 門が解放されて時間が余りたっていないせいか、まだそこへ向かう人は少ない。

 まずは、一般用神殿への参拝が優先で、その後、大きな神殿を一目近くで見て帰るという流れだろう。

 人が少ないのは、ちょうどいいな。

 話を、ゆっくり聞いてもらえる可能性が高いからだ。

 そんな二人の後方で、荷馬車が止まる。

 ちらりと振り返ると、豪華な装飾の幌がついている荷馬車だった。

 どうやら、身分のある者のようだ。

 身分ある者であっても、神殿の前までは荷馬車は横づけにできないのだろう。

 この丘への道は、どんな身分の者であっても等しく足で歩かねばならない、というわけか。

 多少は、好感の持てる神様のようだった。
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