アリスズ

「止まられよ」

 神殿まで、あと少しというところで、二人は止められた。

 刃物ではなく、棒を持った二人の男だ。

 上から下まで、黄色の布に包まれている姿は、軍属には見えない。

 護衛神官とでも、言ったところか。

 菊は、すぐに膝を折った。

 景子も、慌てたように真似る。

「ここからは、一般巡礼者は近づけぬ…戻られよ」

 観光に来る、一般人のあしらいに慣れているのだろう。

 意思の強さは伝えてくるが、どこか事務的なものだった。

 菊は、そっと景子にアイコンタクトを送る。

 どきっと、彼女が少しだけ跳ねた。

「あ、あの…た、太陽の木の枝を捧げに参ったのですが…こちらではダメでしょうか」

 両手で、景子は木の枝を捧げて見せる。

 声は震えているし、手も同じ有様。

 きっと彼女は、学芸会では裏方をやっていた口だろう。

 その様子に、菊は微笑んだ。

 もういっそ、ここで追い返されてもいいかと思った。

 だが、護衛神官は二人、顔を見合わせるのだ。

 そして二人とも、景子の捧げ持つ枝を見るのである。

 その顔は、何とも言えず困惑したもので。

 こんな珍事は、おそらく初めてなのだろう。

 枝の真偽すら、つけられないでいる。

「ちょ…ちょっと待たれよ」

 二人の内一人が、布を翻らせ神殿の方へと足早に戻ってゆく。

 彼らの判断では、どうしようも出来ないと思ったのだろう。

「ふむぅ」

 膝をついたまま待っている二人に、上から不思議な男の声が響いた。

 見ると、少し後方から歩いてきた身分のある者が、追いついたようだ。

 そして、上から景子の持つ枝を、じっと見ている。

「──木と似て──少し─匂い──」

 すっかり髪も真っ白になった老人だが、まだ豊かなそれを後ろで長く結っていいた。

 景子の手から枝を預かり、彼は自分の鼻先へと近づけ、目を閉じた。

「おお…おお……」

 老人の枝を持つ手が、ぷるぷると震え出す。

 そのまま昇天してしまうのではないか──菊は、一瞬とてもとても失礼なことを考えてしまった。
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