アリスズ

「この年まで生きておるとな…」

 景子たちは、先に進むことが出来た。

 この老人が、太陽の木の枝と認定した途端、彼女たちは先へと通されたのだ。

「いろんな体験をするものなんじゃよ…太陽の果実を食べたことも、一度だけじゃがある」

 老人とそのお付きのやや後ろを歩きながら、景子はしゃがれた彼の声を聞いた。

「その時、果実には短い枝がついたままじゃった…わしは、それを大事に大事に朽ちるまで眺めておった」

 遠い昔を、思い出す声。

「姿は、朝日の木とよく似ておるが、匂いが違う。わしは、それこそねぶるように毎日、枝の匂いを嗅いでおった…忘れはせぬ」

 朝日の木。

 もしや、この町にあったあの木のことだろうか。

「こ、これは…セルディオウルブ卿…ようこそおいでくださいました」

 神官らしき人が、3人ほど神殿から出てくる。

 その先頭は、年配の女性だった。

 老人の近くに寄りながらも、落ち着かない素振りを見せる。

「久しゅう…今日はめでたくも忙しい日じゃな。これも、まばゆき太陽のお導きであるかな」

 ゆるやかな卿の声に、年配の女性は困ったように微笑んだ。

「本当に…最捧櫛の儀のために、神官長のほとんどは祭壇の方にいっておりまして。私のような、若輩には手に余ることばかりです」

 視線が、彼に定まっていないのは、何かを探しているからか。

 それに、老人は高らかに笑った。

「太陽の木の枝を探しておるのじゃろう…こちらの娘御じゃ」

 彼のすぐ後ろにいたために、卿の連れと間違われていたのか。

 女性の視線が、ようやく景子と──彼女の手の中に注がれる。

「わしが証明する…本物じゃ」

 彼は、軽く自分の胸に手をあてた。

「まぁ…まぁ…」

 本物と言われ、女性はめまいを覚えたようによろける。

「これは…吉兆に違いありません。最捧櫛の日に、このような慶事が起きるなど」

「まったくじゃの…このことは、おそらく後々まで伝説となるじゃろう」

 で、伝説?

 話が、突然巨大に膨張したのだ。

 景子は、二人の会話を聞き、冷や汗をかきながらおそれおののいたのだった。
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