アリスズ

 最捧櫛の儀。

 イデアメリトスの血を持つ子が、櫛を捧げる儀式。

 景子は、その話を聞いていた。

 聞いていたら、やはりその子というのが、アディマのことだと思ったのだ。

「髪に櫛を捧げ……そして、髪を捧げるのだよ」

 髪を。

 あの、長い長い髪を、切るというのか。

「イデアメリトスの子の髪には、太陽の力が宿る。この神殿に櫛と髪を捧げて、初めて彼らは、神と血にイデアメリトスの後継者であることを認められるのじゃ」

 わしは、それを祝いに駆けつけたというワケじゃ。

 セルディオウルブ卿は、隣の領主という。

 アディマの到着を知り、最初に祝おうと駆けつけたのだと。

 それが、ブロズロッズの近くに住む領主の、楽しみだと言わんばかりに。

「前の二人は、誕生日までに到着できなかったが…今度は間にあったようじゃ」

 心底ほっとしているのは、その旅路が困難であると知っているからなのか。

 本当に、困難だった。

 全ての旅程を、知っているわけではない。

 しかし、短い間とは言え、いくつかの困難を共に味わったのだ。

「イデアメリトスの血など滅びてしまえ、などという輩もいてな…年を追うごとに、この儀が難しくなっておる」

 何しろ、旅路の途中は数少ない供しか、つけられぬからのう。

 ああ。

 あの集団のことだろうか。

 二人組も。

 景子は、二つの事件を思い出す。

 本当に。

 本当に無事に、到着してよかった。

 それに、何度も何度も胸をなでおろすのだ。

 そんな彼女の耳に。

 ノッカーの音。

「おっと…セルディオウルブ卿…こちらにおいででしたか」

 明らかに、彼に驚いた様子だった。

 景子に用事が、あったのだろう。

 ようやく、枝の話が出来そうだ。

 そう思ったのに。

 切りだされた言葉は、景子の想像の遥か斜め上を駆け抜けて行ったのだった。
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