たとえばあなたが
木村がまだ長いタバコを灰皿に押し付けると、細い煙がゆらゆらと立ち昇った。
松田がその煙を追うようにゆっくり視線を上げると、哀しそうな眼差しの木村と目が合った。
「…今、社内で話題になってる横領事件、お前も知ってるよな」
木村の口調はとても静かだった。
もちろん、知らないはずがない。
上層部の人間が会社の金を使い込んでいたことが発覚して、今、社内はその話題で持ちきりだった。
いずれ警察の捜査が入るのは必至だと言う。
それゆえに、会社側は少しでも事が小さく済むように、あれこれと試行錯誤に躍起になっているらしい。
けれど松田は、それは木村や松田がいる営業企画部とは関係ないと聞いていた。
「なぜ今、そんな話を…?」
あまりにも唐突すぎる展開に違和感を感じた。
「…実はなぁ、言いにくいことなんだが…」
木村は新しいタバコに火をつけたが、それを口にくわえることなく、灰になっていくタバコの先端をじっと見ていた。
少しずつ長くなった灰が落ちる寸前、木村はそっと目を閉じて言った。
「お前に、退職して欲しい」