たとえばあなたが



包丁を探している間もずっと、許さない許さない、と口が動いていた。

頭の中が痺れていて、何も冷静に考えられない。

手には、灰皿を振り下ろしたときの痛みと感触が生々しく残っていた。

包丁を強く握ると、手がブルブルと震えた。

パニックに陥っていると自覚する一方で、そんな自分をどこか客観的に見ている自分もいて、妙な気分だった。



そのとき、

「あら聡くん、お話終わったの?」

と背後から声をかけられて、驚いた松田は肩をビクリとさせた。

振り向くと、木村の妻の明子が長女と手をつないで、キッチンの入口に立っていた。

長女の美帆はパジャマ姿で、この季節には珍しく汗ばんでいる様子だ。



その娘に明子は、

「美帆、お水とお薬そこにあるから、飲んで寝なさい」

と言い置いて、

「おつまみだったら、私が作るわよ」

と、松田に近づいた。



松田が包丁を持っているのを、何か作るつもりだと勘違いしたようだった。




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