グレスト王国物語
***
その感覚はまるで、唐突に悪夢から目覚めたようだった。

降注ぐ暖かな春の日差し。

胸の中でほっと安堵の息をついて
(あぁ、やはり「懐かしい」こちらが現実で、今までの日常は、全てたちの悪い悪夢だったのだ)

ジェシカは思った。

そう、今自分は酷(むご)い夢の世界から、温かく、懐かしい現実に帰って来たに違いない。

春の柔らかな陽に抱かれて開いた花の香りが、優しくジェシカの鼻腔をくすぐった。

うららかな光に誘われて目を開くと、隣には、バルベールがいた。

眩しそうに、バルベールははにかむ。

そして、こう言う。

「今日は、ジェシカ、君を迎えに来たんだ…私の城に。君なら立派な兵になれる。そうすれば、寝床にも食事にも、困らなくて済む。」

そして、温かい声でこう言う。
頬に優しくキスを落としながら。

「一緒に、来てくれるな?…ジェシカ。」

─そうだ。
私は、この光景を知っている…

ジェシカは、この光景を知っていた。

知らないはずがない。

この日は、生まれてからずっと親を知らず、家族を知らずに1人ぼっちで生きてきたジェシカが、初めて「居場所」をもらった日。

(そうか、夢か……。)

ジェシカは、ずっと忘れていた。
春の柔らかな風は、
           光は、

こんなにも
温かく、


心地よいもの


         だった


            

  のだ。
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