コッペリアの仮面 -琺瑯質の目をもつ乙女-
途端、私は顔を上げる。
其処に居たのは、青年。
見たのは一瞬だから良く分から無いけれども、眼鏡を掛けた、背は高いが線の細い人。
眼も醒める様な美しい人だった。妙な色香を振り撒いて、総てを引き立て役として終う。夜闇もミルク色の月ですら。
切れ長の目。細い顎。通った鼻筋。薄情そうな幅が小さい、でも形の良い唇を持った青年。
年齢は二十代後半、と謂う(いう)所だろうか。
穏やかで優しそうな顔が刹那に歪む。醜くも官能的で。
「っあ!!!」
其の人は行き成り私の肩を掴み、私を立たせた。其れに驚いた私は小さく悲鳴を揚げる。
「なっ……何を――」
私は酷く狼狽しながら言った。
彼は私を舐める様に見回した。頭から爪先へと。然して青年は綺麗な顔を再び歪ませ、私の後頭部、詰まり延髄の部分に鋭い手刀を入れた。
映画や漫画で人を誘拐為る時に行う奴だ。
風が流れる様に素早く、無駄の無い洗練された動き。
青年は其れをいとも簡単に素早く遣って退けた。(のけた)
私が昏睡状態に堕ちるのにも時間は余り必要ではなかった。混濁していく意識を必死で掴もうとしても無駄な足掻きに過ぎなかった。