異常人 T橋和則物語
「何いってんだよ、和則」セロンがきいた。「わかんないじゃないか」
 しかし、和則は二人の手の届かないところにいた。自分ひとりの世界に閉じこもってしまった。つぶやきつぶやきつぶやきつぶやき。小刻みな震え。ミッシェルは冷たいものが背筋を這いあがるのを感じた。深刻な不安に襲われた。和則は正気を失い、二度と正気に戻らないかのようにも見える。ミッシェルは、いつかこんな状態になるのではないかと恐れていた。そして、それは的中した。どれもこれも和則には負担が多過ぎた。新しすぎるし、彼には驚異だったのだ。連れ出すべきではなかった。和則には、精神病院の閉鎖病棟が一番いい場所だったのだ!
 セロンは美少女に変身した和則にまっすぐ近づき、和則のすぐそばまで行った。たがいの顔には数センチの距離しかなかった。あまりの近さに、和則は彼をみつめ、その声をきかざるえなくなった。
「いっていることがわからないと、おまえの力になれないんだ」セロンは断固たる決意でいった。「いったい、何を……ぶつぶついってんだ」
 和則は床の本から目をあげ、その目に、ゆっくりと光がもどってきた。しかし、痙攣はやまない。まさに異常人である。しかし、外見は美少女なので、違和感があった。
「セロン……このひとを連れてかえりましょう」ミッシェルは恐怖の声でいった。
 彼女は、和則の発作を見て、背筋が寒くなる思いだった。とにかく、この異常者をしかるべきところに返さなければ、世界が破滅するような、そんな感覚に襲われた。
 だが、セロンは従わなかった。
「こいつは俺が直す。それが神様がいってることじゃないかな?」
「……”救え”ってこと?」
 ミッシェルは泣きそうな顔でいった。セロンはうなずき、「なぁ」と和則に声をかけた。俺なら、この異常人を救える……そんな気がした。「ピザ、好きか?和則」
「ピザ、好きか?セロン」
 和則はぼんやり答えた。しかし、彼の不安はいくらか和らいだようだ。”ピザ”はききなれた言葉で、病院でも食べたことがあったからだ。
 ミッシェルはセロンのほうへ一歩近寄った。「ねぇ、彼がいいたいのは……」
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