異常人 T橋和則物語
 ダブルベッドの毛布の下ではセロンとミッシェルがもつれあい、唇と腰を激しくからみあわせて、みだらな行為をくりひろげていた。行為に夢中になるあまり、和則がはいってくる音に気づかなかった。魚田みすずこと和則はというと、ふたりのほうに目を向けることもなく、テレビに夢中になっていた。「運命のルーレット」その番組に熱中した。
 恋人たちの愛の行為がクライマックスに達しようというときになっても、魚田みすずこと和則はテレビに夢中だった。ルーレットが決まり、出場者が高額当選金を手にすると、和則は手をたたいて喜んだ。そのクレイジーな拍手と大喜びで、ミッシェルは気づいた。和則の存在を。
 ミッシェルは息を呑み、凍りついた。ゆっくりと肩越しに振り向くと、ベットの、自分の横に、和則が腰かけて(何か食べていて口をモグモグさせながら)、完全にうつろな目で彼女をみつめかえしていた。
「……あ…あ…こんにちは、和則…いえ、みすず」ミッシェルはどぎまぎしながら声をかけ、彼いや彼女がこちらを怒らせたと思い込んで、また正気を失ってしまわないように、無理に口元に微笑を浮かべた。そして、歯をにやりとして全部みせた。ミッシェルのマネをして、みすずも歯をみせてにやりとした。歯には歯を、という訳である。
 毛布の下からくぐもった声がした。「そこにいるのか、和則…いやみすず。魚田みすず」「そこにいる」和則が答えた。
 セロンは冷静さをたもつように我慢しながら、「だったら出ていけ!」といった。
 和則はすくみあがり、おどおどと立ち上がり、部屋を出ていった。ドアが激しい音をたてて閉まり、なにやら呟きがきこえてきた。
「ねぇ、様子をみてきてよ」不安になったミッシェルがセロンにいった。
「なんで?」
「和則…いえ、みすずがまた変になったら……」ミッシェルは震えた。「わたし怖いのよ。あのひと、おかしいでしょう。変なことして、誰かに迷惑をかけたりしたら。いいえ、わたしたちだって彼とこれ以上かかわったら不吉なことがおこるかも知れないわ」
 セロンは苦笑した。「そうかい?」続けた。「あの男は、今は小娘だが……変には違いない。異常者だ。でも、無害だよ」
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