異常人 T橋和則物語
「…もちろん。漢字と英語がわからない」
「だったら、ひらがなのところだけ読め」
「わかった」和則はおとなしくいった。
「いいぞ!」セロンはいった。「なんでもいいから、部屋から出るんじゃないぞ!」
 今度は、和則の返事はなかった。セロンは「わかったのか?」と、声を荒げた。美少女のはずの和則は目を向けなかった。
「おい!ばかみたいにすわってるんじゃない!」セロンは叱った。「わかったのか、わからなかったのか?どっちだ!答えろ!」
 和則の言葉はほとんど呟きで、ききとれなかった。「わかったのか、わからなかったのか?どっちだ。答えろ」
「よし。もういい。わかった」
 セロンは部屋を出て、隣の、自分と恋人の部屋へともどった。彼は、ミッシェルを探した。ミッシェルはバスタブにつかっていた。お湯で首や肩が淡いピンク色にそまっていたが、その表情は誘惑のものではなかった。
「すぐに部屋にもどって、セロン!」目を火のようにぐらつかせて彼女は命令した。「そして、彼に謝るのよ」
 セロンは口をぽかんとして、狐につままれたような顔をした。そして、憤慨した。
「どうしろっていうんだ!あいつを赤ん坊みたいに寝かしつけるのか?!俺は母親じゃないんだ。ふざけるな!」
「そうよ!」ミッシェルは切りかえした。「でも、あなたはあのひとを救わなければならないのよ。忘れたの?」
「わかってるよ!忘れてない」
「だったら…」
「なんだ?それにどういう意味があるんだ」
「彼に謝って。彼はあなたより年上で、敬意を払ってもいいはずだわ」
 敬意? あの糞ったれに? あの和則に? 本気か? まったく馬鹿馬鹿しい。イタリア人ときたらくだらんことばかり考えやがって。
< 24 / 63 >

この作品をシェア

pagetop