異常人 T橋和則物語
         発作





  番組出演のため、『テレビ帝都』に向かう車の中で、魚田みすず(和則)はぼんやりと助手席で午前の東京の景色をながめていた。運転するのはセロンだったが、はっきりいって和則のことなどどうでもよかった。和則はぶつぶつと呟いていたが、それはラジオの会話だった。和則はずっと無意味なたわごとをぶつぶつ呟いていたが、セロンにとってはそんなことは知ったこっちゃなかった。和則は何度も何度も呟く。発作から守ってくれる魔法の呪文。セロンは魔法を破る元気もなく、茫然ときいていた。どうやってこの男…いや少女か…を救うんだ?こっちの気も知らないで…。好きなだけぶつぶついってろ。
『テレビ帝都』は、十階建ての近代的テレビ局である。セロンは局の駐車場に車をとめた。彼の頭の中は悩みでいっぱいだった。背広を着て、ネクタイを締めてはいるが、スカート姿の和則、いや魚田みすずがまた狂わないか、不安でいっぱいだった。
 和則はそんなセロンの不安も理解しもせず、ただポテトチップスを食べまくっていた。そして、またぶつぶつと呟いている。勝手に、好きなだけぶつぶついってろ。
 和則、いや魚田みすずは『テレビ帝都』の人気番組、『アユコにまかせろ!』に出演が決まっていた。収録は今日だった。番組はバラエティーで、”座ったままのプリティ・ドール”でもいいから出演してほしいとのオファーだった。確かに、和則に気のきいたコメントなどできる訳がない。収録まで時間があったので、魚田みすずは楽屋でテレビをみていた。セロンはいろいろな挨拶にまわり、大物女性タレント・和田アユ子にも挨拶した。 和田は五十代のベテラン歌手で、タレントでもあり、短髪に厚化粧をした”野郎”のような外見である。背も高く、声も男のように低く、それでも結婚している。
 楽屋に戻ると、セロンは和則にきいた。「で、テレビ裁判はどっちが勝った」
 
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