渇望
香織の部屋を出て、あたしが向かうのは、街中にある雑居ビルの2階。


“クリスタル”という名前が掲げられているが、どこらへんが“水晶”なのかはわからない。


ドアを開けると、数人の男女が煙草を吸ったり談笑したりしていた。



「百合ちゃん、おはよ。」


「おはようございます、詩音さん。」


詩音さんは、肩書き上はこの店の社長。


だけどもそこらの安っぽいアイドルなんか陳腐に見えるほど、彼女は女優然とした雰囲気が漂っている。


街を歩く時は常にサングラスが必須だし、少しの距離でもタクシーに乗る。


その全ては謎に包まれていて、この店のバックにいる組のカシラの情婦だとか、大企業の社長の愛人だとか、はたまた未亡人だとも噂を聞いたけど。


どれも本当っぽくて、そして嘘っぽくもある。


柔らかく話すけれど、でも実際は、誰のことも信用していないような顔。



「百合、早速だけど仕事入ってる。」


近付いてきたのは、ジロー。


どこまで焼けば気が済むのか、というくらい黒いし、チャラい。


キツネのような顔してて、だからきっとコイツも、ここにいる女を滑稽な目で見ていることだろう。



「んじゃあ、行こう。」


大きな荷物だけをロッカーに放り投げ、あたしは彼の後に続いた。



「百合ちゃん、いってらしゃい。」


詩音さんに見送られ、事務所を後にする。


そしてジローが運転する車に乗り込み、あたし達は“仕事”に向かった。

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