渇望
あの後、更にもう一件仕事をし、やっと終わったのは夕方も過ぎたような頃だった。


香織は大学があるのでバイト感覚だが、あたしは毎日のように働いている。


だから帰る頃にはもう、疲弊した自分を隠せなくなるのだ。



「百合、お疲れ。」


詩音さんからお金を貰っていると、事務的に声を掛けてきたのはジローだった。


彼とまともな会話をしたことなんて、多分、数えるほどしかないだろう。



「真っ直ぐ帰るなら通り道だしついでに送るけど、どうする?」


「今日は良い。」


「そう、じゃあまた明日。」


「はいはい、お疲れ様。」


これもまたいつも通りで、ロボットみたいだな、と笑いそうな気持ちを堪え、ひとり事務所を後にした。


あたしはクリスタルで一年半も働いているのに、この店のことについて何も知らない。


詩音さんのこともそうだが、ジローのことも、他の女の子のことも、もちろんお客のことも。


香織は例外だとしても、あまり興味なんて湧かなかったから。


ただ、体を売るなんて、それなりの理由があるんだろうな、と思う程度だ。


やっぱり人の傷口には触れたくはなかった。


胡散臭い街を歩き、人の波に酔いながら、タクシーを拾った。

< 18 / 394 >

この作品をシェア

pagetop