花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 千歳を驚かせた元凶が目の前で笑い転げている。
 ぼさぼさの茶髪(本人いわく寝癖ではなく無造作ヘアらしい)に、左耳には細い輪っかのピアス。何を喰ったらそんなにでかくなれるんだろうと内心羨ましく思う長身の身体。 その全部を揺らして笑う男。
「何やってって……そっちこそ何言ってんだ。変な冗談で起こすな綾人」
 打ち付けた膝をさすりさすり千歳は前の席を陣取って笑う男を睨みつける。
「え? 冗談じゃないぜー。起きなかったら本気でちゅうしようかと思ってたぞ。てか、小梅ちゃんだったら良かった? せっかくいい夢見てたのに起こしちゃった?」
 馬鹿笑いをやめたかと思えば、今度はニヤニヤとしながら顔を近づけてくる。
「寄るな! 変態」
 その顔面を思い切り手で押しやりながら千歳は大きく溜息を吐く。
 なんでこんな奴に懐かれてしまったのだろう。
 名を高瀬綾人というこの男は、千歳が高校に入ってから出来た悪友だ。一年の時に同じクラスになって以来、ことあるごとに千歳を構う。
 何故だと訊けば、答えは「可愛いから」の一点張り。
 確かに千歳は小柄だし、そのせいで元々母親似の顔立ちもどこか中性的に見えるのかもしれないが、千歳自身はそれを気に入っているわけではない。むしろそんな自分はどちらかといえば気に食わないのだ。
 こんな容姿のために未だに小梅に「ちーちゃん」なんて子供みたいな呼ばれ方をされているのだと思えば尚更……。
 本当なら、もう高校生なんだし、そろそろ普通に呼び捨てとか、せめて君付けで呼んで欲しかったりしている。
 そんな千歳が気にしている部分を気に入っていると言い連呼する綾人は、実際、千歳にとっては鬱陶しい以外の何物でもない存在なのだが、むげに出来ない理由があった。
 綾人は小梅の従兄なのだ。

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