春夜姫
「クロさん」
 クウ、とクロは甘えるような高い声を出しました。夏空はまた、狩人の方を見ます。狩人は苦笑して答えました。
「夏空様、姫様も、こいつを『クロ』と呼んでやってくれませんか。お二人に遠慮して我慢してきたが、さん付けされるのはくすぐったくてかなわないそうだよ」

 夏空はクロに向き直りました。立膝をしておりますので、夏空のすぐ目の前にクロの顔があります。
「では、クロ」
 クロは静かに夏空と目を合わせました。
「この先の道案内を頼みます。当地の神と、我が国の神々よ、この者を厚く加護せよ」
 夏空はクロの額に自分の額を当てました。

「姫」
 続けて、夏空は春夜の前に跪きます。
「夏空様、これは」
「儀式のようなことです。僕は王子です、姫もお解りでしょう? 幼いころから、儀式のようなことは山ほどさせられている」
 春夜は笑って頷きました。
「けれども僕は、今ほどこうしたいと思ったことはない。クロと、貴女と、無事に国に着くことを祈らずにはいられないのです」

 春夜は夏空の青い瞳を見つめました。
「春夜姫、この先の旅の同行を頼みます。当地の神と、我が国の神々よ、」
 夏空の瞳に、頬を染めている自分が映っていることに春夜は気付きません。
「この者を厚く加護せよ」
 夏空は春夜の右手を取り、その甲に自分の額を当てました。
< 102 / 111 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop