春夜姫
「国へ帰られる。それでは、またあの森を通るのですか」
 狩人は声を上げました。クロの尻尾は警戒のためにピンと伸びています。

「いいえ」
 夏空は首を振りました。
「遠回りになるけれど、森を通らずに済む道があると聞きました。僕が去った後、馬に乗った商人達がここに立ち寄ったでしょう、その者達が話しているのを耳にしました」
 グルル、と今度はクロは唸りました。それまでのクロとの様子が違い、夏空は慌てて聞きました。
「何かあったのですか」
「なに、そいつらがちょっと」
 まあまあ、と狩人はクロの鼻筋をさすります。クロが喉の奥から何か言っているのですが、夏空と春夜姫にはわかりません。

「息子が首から下げていた青い羽を、見せろ見せろとね。息子が驚いて泣き出してしまって、そこをクロが吠えたてたんだが」
「まさか乱暴された?」
 クロは唸りました。
「それは、大変でしたね。どこか怪我を?」
 春夜姫がクロの瞳を覗き込みます。春夜姫に見つめられて、クロの尻尾が元気よく動きました。
「もう何ともないな」
 狩人は笑って言いました。
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