龍馬! ~日本を今一度洗濯いたし候~
 ひとは死ぬ。龍馬も死ぬときがきた。
 龍馬と中岡慎太郎が死ぬ日(暗殺日)は、慶応三年(一八六七)十一月十五日の京・近江屋の夜である。
 この年の九月、新選組三十六人と土佐浪人たちが斬りあいをしている。土佐浪人に即死者はいない。安藤藤治という男は重傷をおったが、河原町藩邸までようやくたどりつき、門前で切腹した。他の五人もかろうじて斬り抜けた。

「風邪の熱で頭がくらくらするき」
そういいながらも龍馬は中岡の話をきいていた。夜になったので部屋の行灯に灯を入れ
     
た。部屋が少しだけ鬼灯色になった。
 やがて、刺客が何人か密かにやってきた。
「今、幕府だ薩長じゃいうとるときじゃなかきに」龍馬はいった。
 番頭の藤吉は叫び、刺客は叫ばせまいと、六太刀斬りし、絶命させた。この瞬間は数秒であった。二階奥の薄暗い部屋では、龍馬と中岡がむかいあって話している。一階でなにやら物音がきこえたが、誰かが喧嘩でもしとるんじゃろ、と思った。
「ほたえなっ!」
 龍馬は叫んだ。土佐弁で「騒ぐな」という意味である。
 この声で、刺客たちは敵の居場所をみつけた。
 刺客たちは電光のように駆け出した。
 奥の間に入るなり、ひとりは中岡の後頭部を、ひとりが龍馬の前額部を斬りつけた。これが龍馬の致命傷になった。斬られてから、龍馬は血だらけになりながらも刀をとろうと
       
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