初雪の日の愛しい人[短編]
「おい、おいっ起きろって、頼むから――」

 ――目をあけると、そこには蒼白な顔をしたあいつがいた。

「――あれ?」

「………あれ?じゃねえよ!マジでびびった…」

 はあっと勢いよく息を吐いて、ベッドの脇に座りこむあいつ。

 ――いつもの部屋だ。煙草の匂いとあいつの匂いがする、一番好きな場所。

「…あたし、どうなった?」

「急に倒れたんだって。…覚えてねえの?」

「あー…そうなんだ」

 あたしはぼんやりとして、小さく笑った。

「…何笑ってんだよ」

「別に、夢を見たのよ。親友にあった」

「…おまえに親友なんかいんの?」

「うん。ひとりだけね」

「ふーん…」

「あんたはどうしようもないね」

 急に言い放ったあたしに、どうしようもない馬鹿男は顔を歪ませる。

「最低な男だよ、ほんと」

「何がいいたいわけ?」

 イライラしたというよりは疲れた口調で、言ってくる。
 あたしはそんな低い声、もう怖くないんだから。

「でもね、決めたの」

 あたしは彼の髪に出来るだけ優しく触れた。

「…あんたのこと、嫌いになるまで好きでいるって」

「――わっけわかんねえ」

 そっぽをむいた彼が愛しかった。
 …やっぱりまだ、あたしは彼に対する愛しさを忘れていなかった。

 そのことにひどく、安堵した。
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