リアル
「いや、何でもない」
「奥歯に物が挟まった言葉は好きじゃ無い」
「あれや、気悪くせんといて欲しいんやけどな。片桐さんの顔がワシの知り合いにソックリなんや」
「他人のそら似、ですか?」
「まぁ、そう云うこっちゃな」
「闇の行商人である関和弘の知り合いに似ているって事は、光栄に思うべきかな」
「似てる本人は、とっくにあの世に逝ってもうてるけどな」
「そりゃ、どうも……」
 死んだ人に似ていると云われても返答に窮する。私は如何対応して良いのか分からずにいると、関が軽い口調で話し出す。
「機会が有ったら、また会おうやないか」
「そうしましょう」
 互いに社交辞令を交わして帰る準備を始めると、関がふいに顔を覗き込んで来る。
「野暮な事を云う様やけど、ヤク使うの少しは抑えた方がええと思うで」
 心臓が跳ね上がる。初対面の人間にバレル程に、私の顔にはヤク中の兆候の様な物が浮き上がっているのだろうか。私は「どうも」と短く答え、互いに会話を切り上げ立ち上がる。
―噂通りの切れ者だな
 席を立ち去って行く関の背後を見送る。ある程度の評判は聞いていたが、予想以上に洞察力が鋭い事には感嘆符しか出ない。
私は関から買い上げた五年物を鞄に直し、関に指摘されたヤク切れの身体を引き摺る様にして店を後にした。

 ワンルームの部屋の中。私は震える手でジャック・ダニエルをグラスに注ぎ込み一口煽る。最近の飲酒の量を考えると、アル中に成る日もそう遠くは無いのかも知れない。微かな身体の震えは、酒切れから来ているのか、ヤク切れから来ているのか段々と分から無く成って来ている。テーブルの上。薄いゴムの手袋を手にして、真新しいセブンスターの上部のセロファンを丁寧に剥がし、煙草を全て取り出す。合計二十本の煙草の先端を解し、関から購入した毒薬の粉末を仕込み、葉を詰め直し丁寧にセロファンを巻き直して元の状態へと戻。
「これで、準備は完了だな」
 拘置所の中のターゲットを消す一番の方法は、極限られている。
< 12 / 95 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop