リアル
両親が殺された時の記憶だけが鮮明に蘇る。頭が、身体の全身が疼き出す。私は特注の煙草を足元に落し踏み躙る。宛ら頭の中の過去を踏み躙る様にだ。執拗に煙草を踏み付けている内に、徐々に身体の感覚が元に戻って行く。薬の耐性が出来ている身体だ、軽くキメル程度では直ぐに身体が元に戻ってしまう。私は、身体の感覚が徐々に戻るのを感じ乍、店に戻りスツールに腰を下ろす。
「無粋な刑事なら帰ったわよ」
 照明の光が眼に突き刺さる。視覚が未だ鋭敏の侭だ。私は俯き加減でママの言葉に頷き人差し指を立てる。話を促す合図だ。
「さっきの依頼の件ね、分かっていると思うけれど、依頼人は富田よ」
 頷く。眼の前には新しい酒が作られている。私は、震える手に力を入れてグラスを掴み一口飲む。シェリーの風味が口中に広がり、胃に向って滑り落ちる。焼ける様に、カッと胃の中が熱く成り、後味に塩味が残る。
「グレン・アルビン1969年かい?」
「流石ね。ヤク中とは思えない程のテイスティングよ」
「酒と薬の為に、生きているからね」
 私の言葉にママは微かに笑い声を上げ、カウンターの中で煙草に火を点ける。
「本筋に戻すわよ。今回の依頼の詳細だけれど、先月、N県で五歳の娘を絞殺されて亡くしたって母親の事件覚えている?最終的には、近所の主婦が犯人だったんだけど」
「確か人口五千人程度の田舎で、その後、近所の少年の首を腰紐で絞め殺したってやつだろう?」
「その通り。頚部には顕著な索溝痕が有ったにも関わらず、殺意は無くて、衝動的な殺人だったとか、意味不明な供述をしているのよ」
「遺族からの依頼、だろう?」
「話が早いわね」
「金さえ貰えば理由は問わないさ」
 富田がどの様な経緯で依頼の話に至ったかは分からないが、私に求められるのは結果だけだ。
「問題は、拘置所に収監されているって事ね」
「その中の女を殺せって事だな」
「できる?」
「簡単だ」
 頭の中で絵図を書く。殺すと云う行為だけなら造作も無い事だ。私はグラスの中の酒を一息で飲み干し、一万円札を出す。
「どの位で、クリア出来るの?」
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