愚者
「入りなよ」
 南條が軽く顎で室内を指す。取り立てて予定の無い私は、南條の申し出を受けて「失礼します」と短く云い部屋へと入る。
 小奇麗なフローリングが広がりその奥に扉がある。私は白髪でショートヘヤーの南條の後ろに付いて歩いて行くと一番奥の部屋に通された。
「片付いてないけど、気にしないで」
「ここは店じゃ無いですからね、気にはしませんよ」
「馬鹿ね。只の社交辞令だよ」
 南條の刺の有る言葉に私は微かに微笑み返すと、南條もニヒルな笑みで返して来る。
「客の入りはどうだい?」
「別段変化は無いですね。お客さんも、増える事も無ければ減る事も無い」
「進歩の無い男だね」
「誉め言葉として受け取って置きますよ」
 南條は冷蔵庫からビールを取り出し、テーブルの上に置いてあるグラスに視線を向ける。
「飲んで行くでしょう?」
「頂きます」
 小振りなテーブルに二脚の椅子。私はジャケットを椅子に掛けて座り南條が来るのを待つ。テーブルにはノートパソコンが置かれている。私が一番苦手とするOA機器だ。
「相変らず携帯電話は持って無いのかい?」
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