空白の玉座
ノインは果実酒を注いだ器を傾けると、一気に飲み干した。
「王太子の話はどうなった?」
「…リリスが戻ってからだと」
「そうかい。あの酒と女しか興味のないバカ王子が玉座に興味を示さないように祈るんだね」
クラリスの傍まで歩いてきたノインはそっと耳打ちするように顔を寄せた。
「でないと、アーレスを殺した甲斐がないだろ?」
刺す様な鋭い睨みにも臆することなくノインは笑みを湛えた顔を崩さない。
「あなたの妄想癖も度を越すと身を滅ぼしますよ」
「…内緒話は私がこないとこでするんだね」
ノインは自分と目元の印象のよく似た我が子を見つめた。
切れ長の銀色の瞳。
「黙っててやるさ。王になった暁には王宮で一番広い部屋を私に用意しておくれよ」
ドレスの裾を翻しながらノインは部屋を出て行く。
ゲイツが遠慮がちに声を掛けた。
「…まさかあの話を」
「…今度からあの女を部屋に入れるな。衛兵にも言っておけ」
はっ、と短く返事をしてゲイツは頭を下げた。
「あの女が何か言ったところで証拠はない。王子も、殺した男もこの世にいないのだからな」
クラリスは長めの前髪をかきあげると、何かを思案するように視線を漂わせた。
「市場に行く、準備しろ」