迷宮の魂
何年も前に男と別れてからこの方、そういう噂が立たなかったママであった。
女一人でずっと店を切り盛りして来たのであるが、数年前に直也が島にやって来てから、以来、ずっとママの傍で裏方の仕事をしている。
ママが直也に全幅の信頼を寄せている事は、美幸達にも伝わって来る。それが、噂話の好きな島の連中からすれば、格好の話題にならない訳がない。
直也はママのヒモだとも噂されている。その事を莉奈に言った。
「噂にはなっているけれど、私は違うと思うなあ」
莉奈が言うには、特に根拠がある訳ではないが、普段の二人を見ている限り、決して噂話のような関係ではないらしい。但し、ママの方はその気があって、いつそうなってもおかしくないと言う。
「店で飲みすぎちゃった時なんか、帰って来てから直さんに甘えてるの何度も見た事あるからね」
「直さんはそうでもないの?」
「全然その気無し。まるで女に興味無いって感じ。普通さあ、こんだけ若い女の子が身の回りに居たら、誰かしらと噂になったっておかしくないじゃない。でも、そういう事は無かったみたい」
「そうなんだあ」
「なんかさ、ああいう陰のありそうな男って、妙に気になるし、顔だっていい方だから、女の方が放っとかないと思うんだけど、どうも直さんの方が避けてるっぽいもん」
「そういえばそんな感じがする。莉奈ちゃんは直さんが島に来た理由とか聞いてる?」
「これも噂だから確かじゃないけど、すごい大恋愛をして、それが結ばれない恋だったものだから、無理心中しちゃったの。そしたら自分だけ生き残っちゃったという話を遥さんから聞いた事はある」
遥から聞いたというのは意外だった。他人の事を詮索するなと言っていた本人のくせに、という思いが湧いた。
「無理心中かあ……」
「直さんの手首に傷があるの知ってる?」
美幸は一度だけ見た左手首の傷跡を思い出した。
「直さんの部屋には、その相手の人の骨壷と位牌があるらしいよ」
莉奈はそう言ったが、その実、誰も彼の部屋に入った事がないから、確かに噂話にしか過ぎないかも知れない。そういう噂が出る程、彼にはそんな陰鬱さがあった。
莉奈は更に意外な事を言った。