迷宮の魂

「あのね、遥さんの前では、絶対に直さんの話をしない方がいいよ」

「どうして?」

「あの人、直さんに惚れてるから」

 詳しく聞いてみると、それも尋常な惚れ具合ではないらしい。

「私が来る前だったらしいんだけど、ある子が直さんを好きになって、人目も憚らず迫った事があったらしいの。でね、直さんはあの通りの人だから、相手にしなかったんだけど、その子は、一緒になってくれなきゃ死ぬとかって騒いで大袈裟に喚き立てたそうなの。初めはみんな面白がっていたらしいんだけど、それも日が経つうちに誰も気にしなくなったのね。そうしたら、ある時期からその女の子に悪い噂が立ち始めたの」

「どんな?」

「店に来る客と寝てるって。それもお金を取ってね」

 勘のいい美幸は話の流れが大体想像出来た。

「遥さんが噂の出所?」

「ピンポ~ン」

「でも、それがどうして直さんを好きだって事に繋がるの?」

「自分の恋敵を蹴落とすってやつかな。美幸ちゃんはまだ来て間もないから気付かないかも知れないけれど、遥さんの態度とか見てれば誰でも気付くよ。直さんを見てる時の目が全然違うから」

 美幸は、莉奈の話を聞きながら、遥の直也に接する時の事を思い起こしてみた。

 言われてみればそうとも取れそうな部分もある。けれど、半信半疑な部分もあった。

 美幸から見ると、莉奈は生理的に遥を嫌っている所があるから、見る目が悪意に曇ってしまうのではないだろうか。

 美幸は今のところ、遥に好意を持っているから、莉奈からそういう話を聞いても、俄かには信じ難い。それに、遥は時折、男なんて懲り懲りみたいな事を言っていたりもする。その言葉は真に迫っていたように思う。

 美幸自身、散々男に弄ばれたと思っていて、遥が醸し出している匂いが自分のそれと至極似ていると感じていたから、余計、莉奈の話に頷けなかったのかも知れない。

 暫く男は勘弁……

 遥に自分と同類の匂いを感じていた美幸であったが、それが自分でも気付かないところで新たな恋を求めていたとは、露程にも感じていなかった。



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