迷宮の魂
「彼をどう思おうとあんたの勝手だけど、あたしの前で悪く言うのはやめて」
「別に悪くなんて言ってませんよ」
美幸も意地になって言い返した。
いきなり押し掛けて来て、勝手な事を言っている遥に腹を立てていたから、尚更、口調が刺々しくなった。
「とにかく、昨日の事は誰にも言わないで欲しいの」
「言うも何も、お二人が特に関係ないならば、別に隠す必要も無いんじゃないです?」
「要らぬ誤解をされたくないし、話に尾ひれがつけば、しなくてもいい言い訳をしなくちゃならないでしょ」
「黙ってればいいんでしょ。どっちにしたって、昨日の事がなかったって、周りじゃ噂になってますけどね」
遥がどんな噂?と聞き返して来るのを遮るように、
「そんな事よりも、私、昨日も遅かったんでまだ眠り足りないんです。誰かさんと違って仕事に出てましたから。じゃあ」
いい加減出て行ってくれと言わんばかりにベッドに潜り込んだ。
さすがに居た堪れなくなったのだろう。病み上がりで血の気が引いた顔を更に青白くさせ、そう、と一言だけ言い残して出て行った。
すっかり眠気が失せてしまい、代わりにふつふつと粟立つものが、気持ちの高ぶりとともに、全身の血を走らせていた。
むしゃくしゃした気分を変えようと、夕方迄外の空気を吸おうと思った。
何処へ行く当ても無くただぶらぶらとしていた。坂道を歩いているうちに、それが八丈富士への道だと気付いた。
車二台が漸く通れる細い道の中央で、美幸はこのまま登ろうかどうしようか暫く迷った。
そこへ、一台の軽トラックがやって来た。
端に寄ってやり過ごそうとしたら、その軽トラックが美幸の前で停車した。
運転席から降りて来たのは、岩田屋の勝巳だった。