迷宮の魂



「なんだ、誰かと思ったら美幸ちゃんじゃないか」

 軽トラックから降りてきたのが勝巳だと判ると、美幸はあからさまに厭な顔をした。

 勝巳はそれに気付いていないのか、それとも敢えて気付かないふりをしているだけなのか、にこにこと笑っている。

 この人、空気読めないのかしら……

 美幸は益々冷ややかな表情をし、無視するかのように歩き始めた。

「登るんだったら、乗せてって上げるよ。女の子の足じゃ、結構大変だよ」

「大丈夫です」

 勝巳の方には見向きもせず、そのまま歩き続けた。

 勝巳は軽トラックに乗り込み、自分が嫌われているにも関わらず、美幸の歩く速度に合わせてすぐ横を徐行させている。

 窓から身を出さんばかりに乗り出して、いろいろと話し掛けて来たが、聞く気も無い美幸には、勝巳が何を言ってるのかさっぱり判らなかった。

 いい加減うんざりし、しつこいと怒鳴ってやろうかと思った時、勝巳の口から直也という言葉が出ていた。それが一度だけでなく、二度、三度と繰り返されたので、勝巳の顔を見つめた。

 やっと美幸が自分の方を向いてくれたからか、勝巳はただでさえ丸い顔を一層膨らませて嬉しそうに笑った。

「ね、結構急でしょ」

 坂道の事を言っているらしい。

 美幸が聞きたいのはそんな事ではない。

 彼女は急に助手席のドアに手を掛け、開けた。

 軽トラックはまだ徐行していたから、勝巳は慌ててブレーキを掛けた。

「乗せて」

 有無も言わさず美幸は乗り込んだ。

 もとよりそのつもりだったとはいえ、美幸の突然の行動は勝巳をいろいろな意味で狼狽させた。

 笑顔が緊張の表情に変わり、急に落ち着かなくなった。

「ねえ、さっきの話の続き」

「え?」

「直さんの事」

「ああ、それね」

 美幸の興味がそっちにあると知った勝巳は、少し落胆の色を浮かべたが、直ぐに気を取り直した。



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