迷宮の魂
「何処まで話したっけ」

「最初から」

「飽くまでも噂話だからね」

「いいから、勿体つけないで話して」

 急かされた勝巳は、運転しながら一度話した事を再び話し始めた。

 勝也の話は、直也が島に流れて来てからの様々な逸話であった。

 直也がこの島に姿を見せたのは、今から約4年前の平成4年だという。

 暮れも押し迫った頃に、能勢屋という釣り客を主に泊めている民宿に客として来たらしい。ただ、客ではあったが釣りには一度も行かなかった。

 たまに、観光シーズンだと普通の民宿だと思って問い合わせて来る客は居るが、一般客の殆どは島唯一の観光ホテルである八丈グランドホテルか、他の民宿に泊まる。それに、いきなり飛び込みで泊まりに来る客も滅多に居ない。

 直也は夜もかなり遅い時間になってから能勢屋の戸を叩いたという。

 初めの数日は何処へも出掛けず、部屋に篭っていたが、そのうち出掛けるようになり、何の前触れも無く、仕事が見つかったと言って出て行った。

 離島ブームの頃は観光で来た客が、都会には無い島の魅力に惹かれ、そのまま居着く者もいなくはなかった。しかし、そういった手合いはとうの昔に絶えていた。

 能勢屋を出た翌日から、岩田屋で直也の姿が見掛けられるようになった。

 勝巳が言うには、ある日、直也が店に来て、何か仕事はありませんかと尋ねたらしい。応対したのは父親の茂夫で、元来、人を疑うという事がない彼は、素性の知れない直也を雇う事にした。

 仕事をさせてみると、どんな事にも文句を言わず、黙々と働くものだから、茂夫はいたく気に入った。

 そのうち、日頃の真面目さに好感を抱いていた茂夫は、たまには直也を楽しませてやろうと、飲みに誘ったりするようになった。

 何度も遠慮する直也を殆ど強引に連れ出し、エリーに行った。それからは、週に一度の割合で直也は茂夫とエリーに顔を出すようになったが、何度目かの時にちょっとした事件が起きた。

 八丈島から少し離れた所に、青ヶ島という小島がある。そこに住む連中は気性が荒く、月に一度か二度八丈島に来ては飲み屋で憂さを晴らして行く。






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