迷宮の魂
娯楽らしいものが一切無い離れ小島で、年中海で漁ばかりしているから、どうしても嵌めを外した時は普通ではなくなる。そういう意味では、彼等の鬱憤晴らしも判らなくはない。
八丈島にも漁師が多く居る。
ご他聞にもれず、皆、気が荒い。やはり酒に酔って暴れる輩が少なくない。
その連中と青ヶ島の連中はよく揉め事を起こした。島で起きる暴力沙汰の殆どが、彼等が引き起こすと言っても過言ではないだろう。
それがエリーで起きた。
ほんの些細な事から、八丈の漁師と青ヶ島の漁師が喧嘩を始めた。
丁度、そこに茂夫と直也が居合わせていた。
彼等が喧嘩を始めると、ちょっとやそっとでは収まらない。誰も巻き沿いにはなりたくないから、遠巻きに眺めているしかしょうがなかった。
そこへ、茂夫と隅のボックスで飲んでいた直也が割って入った。
喧嘩はものの数秒でぴたりと収まったものだから、茂夫は勿論の事、その場に居合わせた誰もが驚いた。
喧嘩の当事者達は、その後、借りて来た猫のように大人しくなり、帰り際にはわざわざ直也に頭まで下げていったという。
その後、誰彼と無く、直也は昔やくざで、組の為に人を殺したとか、そうかと思えば、いや、やくざではなく元刑事で、不始末をしてクビになったのだという噂が立った。
いずれも根も葉もない噂に過ぎないのだろうが、そういった噂が立ってしまうだけのものが彼にあったのだろう。
それから暫くして、エリーのママが茂夫に頼み、直也を雇わせてくれと言って来た。
商売が商売だから、何かとトラブルが多い。女だけだと、酔って暴れる客を静かにさせるにも限界がある。そうかと言って、何が何でも警察沙汰にしてしまうと、狭い島の事だから後々面倒になる。
以来、直也はエリーで働くようになったが、ああいう雰囲気の男だから、客の相手はさせられない。ママもその辺は心得ていて、普段は雑用をして貰い、いざという時に駆け付けて貰えればそれでいいと考えていた。
実際、直也がエリーで働き出すようになってからは、暴れる客が殆ど居なくなった。たまに酒乱の気があって正体を失くして暴れる客が居ても、ママからの電話一本で駆け付けた直也が静かにさせてしまう。