迷宮の魂
勝巳からの話を聞き終えてから新たに芽生えた感情は、まるで場違いともいえる妙なものであった。
それは、直也への恋慕であった。
どう回り回ってそうなったのか、などという理屈は、美幸には関係無かった。
男を好きになるきっかけが常に単純で、およそ恋愛とはかけ離れた要素から沸き起こる感情に動かされるのが彼女であったからだ。
遥みたいな女に言い寄られて、直さんはいい迷惑だろうに……
私がなんとかしてあげたい……
はっきりと形になったそれは、ある種の嫉妬心から出来上がったものなのかも知れない。いずれにしても、美幸の心はその想いで支配されたのである。
そして、それは紅蓮の炎に燃え盛る地獄へと下る道の始まりでもあった。
この日を境に、美幸が直也の事を考えない日は無かった。何をするにも直也の事を思わないではいられなくなっていた。
毎日彼と顔を会わすが、それはほんの僅かな時間でしかない。
彼は何時も俯き加減で誰の目も見ようとはしない。
今まで気にも留めていなかった事が、彼を気に掛けだすと、それまで気付かなかった事も見えて来る。
顎の辺りまで伸ばした髪は、余り手入れされていない。見ようによっては不精に見える。意外と白髪があり、定かな年齢を判らなくさせている。
髭にしても何日も剃らない方が多い。
普段から着ている物に頓着せず、洗い晒しの皺だらけの物ばかりを身に着けている。
外見だけを見たら、とても好きになる対象とは思えない。ただ、そういった一見不精に見える彼ではあったが、男の手とは思えない程に指がきれいで長かった。
少しも節くれだっていなく、その指が動く様はしなやかで、そう意識すると胸に疼きを憶えてしまう。
爪も常に短くて、几帳面にやすりが掛けられているのが見てとれたし、伸びて白いものが見えるといった事は無かった。何だか、手から先だけが別物のようだった。
そこに窺える几帳面さが、本当の彼の姿ではないだろうか。
一人、ベッドでそんな事を考えながら悶々とする美幸であった。