君に染まる(後編)
「お取込み中失礼いたします」
聞きなれた声が聞こえてきて私は瞬時に先輩から離れた。
声の方を向くと畠山さんがいつもと変わらない笑顔でこちらを見ている。
「坊ちゃん、先ほどのスピーチ素晴らしかったです。旦那様と奥様が聞いたら泣いて喜ぶことでしょう」
邪魔をされて不機嫌そうな先輩は畠山さんの言葉に何も返事をしなかった。
「未央様。急にあのような場で紹介されて驚かれたかもしれませんがよく務められましたね。お見事でした」
「でも私腰抜かしてしまって…」
「いえ、坊ちゃんがお話をされているときの立ち姿はご立派でしたよ。付け焼刃でしたがお教えして良かった」
畠山さんの言葉に先輩が反応する。
「未央に教えてくれたのか?」
「はい。余計なお世話かと思いましたが恥をかくのは未央様ですから。最低限の立ち居振る舞いとドレス着用時の歩き方。挨拶の仕方をさらっと」
「そうか…さんきゅ」
「いえ、お役に立てたのなら光栄でございます。それより坊ちゃん、実は…」
畠山さんが嬉々として続けようとした言葉は大きな怒鳴り声でかき消された。