天国の丘

 痴呆のようにその場で立ち尽くしている僕を尻目に、マーサとレナは客達に会釈をしながらステージへと向かった。

 ステージ中央に立てられたT・Jのレコードジャケットを見て、マーサはニッコリと微笑んだ。

 僕の方を見たマーサは、目で、

(アンタが?)

 と問い掛けて来たので頷くと、はっきり判るように、

(サンキュー)

 と唇を動かした。

「皆、今夜は集まってくれてありがとう。ここに立てられたジャケットの本人も、心から感謝してると思うわ。
 T・J……神野タカシは、心底音楽を愛した人。訳の判らない生臭さ坊主のお経を聞かされるよりは、皆の楽しい歌声の方が喜ぶと思う。
 だから、今夜は湿っぽい涙は無しのスペシャルライヴだよ。最後迄楽しんでっておくれ」

 マーサの挨拶が終わるやいなや、何人かがステージに上がり、誰が打ち合わせたわけでも無いのに、自然とセッションが始まった。

 ステージも客席も関係無かった。

 人混みの中で、僕の身体の片側に冷たい漆喰いの壁を感じ、その反対側に、レナの魅惑的な肉体を感じていた。

 そう言えば、初めてこの店へ来た時も、こんな感じだったなと思いながら、僕の視線はステージ上の演奏にでは無く、ピアノの横にひっそりと立っているマーサの姿を見つめていた。




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