短編小説集
高校二年の、明日から夏休みになると言う日
大切にしていたストラップが無くなった
誰かに盗まれた、なんてことは全く考えなかった
盗まれる理由がわからないし、他人にとってはなんの価値もないものだから
「ストラップ、落ちてなかった?」
あまり話したことのないクラスメイトにも聞いて回った
「見てないけど...どんなの?」
「赤いレザーのシンプルなやつなんだけど」
「じゃあ見かけたら拾っとくよ」
「ありがとう、助かる」
誰に聞いても、見ていないと答える
無くしたのは教室じゃないのかもしれない
自分の一日の行動を頭で辿って、床を見つめながらその通りに歩いてみる
とは言っても終業式だったのだから、体育館までの廊下や階段しか思い当たるところはない
渡り廊下を渡って体育館の入り口まで来て足を止めた
鉄の扉の向こうから、ピアノの音が聞こえる
部活はないはずだし、わざわざ体育館のピアノを弾くなんて、一体誰なのだろう
必死に探していたストラップのことなんか忘れて、そのメロディを奏でる人物が気になって仕方なかった
扉に手をかけて、横にスライドさせる
重い扉はなんとも言えない錆びた音を立てて開いた
ピアノの音はピタリと止んでしまう
ステージにグランドピアノがあるのは見えるが、演奏者は舞台袖の幕に隠れて見えない
「誰かいるんですか?」
もしかしたら、先生が来たのかと思って隠れているのかもしれない
そう思ってわざと幼い声を出してみる
先輩だろうが後輩だろうが、相手が同じ生徒だとわかれば、顔くらい出してくれるだろう、そう考えたのだけど
演奏者は一向に顔を見せない
まさか、誰もいない?
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