声恋 〜せいれん〜
「べつに嫌いじゃないけどさぁ…雨は」
そういって、誰にともなくつぶやいて、ぼくは持ってきた傘をさした。
すでに朝から空気がたくさんの水分を含んでいて、世界は潤んだ匂いに包まれていた。
さした傘にぱらぱらと雨音がはじけていく。
桜は満開だけど、空は泣いていた。
人を待っているときの雨は…気分がおちつく。
まあでも…桜木さんは、晴れの方が絶対いいって言うだろうけどな…。
急に彼女の顔を思い出して、思わず笑ってしまった。
なぜか、いつもそうだ。
おぼえている彼女の顔はいつも笑顔だった。
卒業式の校門で別れたときの顔だけがゆいいつ、泣きそうな、さびしそうな表情だった。
あのときのことを思い出すたびにぼくの胸は痛んだ。
なんであんな言い方したんだろ…後悔ばかりがあった。
だから…千夏ともあまりうまくいかないのだろうか。
…いや、そんなのただのいいわけだ。だれだって悲しい思い出のひとつやふたつある。それを勝手に目の前の人に向き合えない理由にされても、思い出の人がかわいそうだ。
「やっぱりちゃんと、向き合わなきゃなぁ」
そのためにも、今日、ちゃんと桜木さんと話さなければいけない。
…いや、そんなむずかしいこと、彼女は関係ないんだ。
ただ、一言、
「おめでとう」
これを言いたくて、ここに来たんだ。
きっと彼女は、ぼくに「ありがとう」をいいに来るんだろう。
そしたらなんて言おう。
「わかってる」じゃあ、そっけないな。
でも…ほんとうに、わかってるんだけど。
きみの、思ってること。
…雨音がまた強くなる。