夏の幻
反射的にその部屋に足を向ける。
光に導かれる様に、俺はその扉を開けた。
…キィッと扉が鳴く。
薄暗かった廊下に光が溢れていく。
…これだ。
この衝撃だ。
五感が全て奪われる感覚。
俺の全てが吸い寄せられる。
…窓際の古い椅子には、赤い着物の彼女がいた。
滑らかな白い肌に、長いまつげの影が落ちている。
小さな赤い唇は少し開いていて、耳をすませばすうっと寝息が聞こえてきた。
…幽霊も、寝るんだ。
そんなしょうもないことが頭を過ったが、ふいに軋んだ部屋にはっと気を引き締める。
その軋みに反応して、彼女の瞼がゆっくりと上がった。
心臓が速くなる。
姿を現した黒い瞳はしばらく宙をさ迷っていたが、俺を見つけるとはっきりと色を変えた。
大きな瞳が見開かれる。
…ヤバ…
俺は反射的に身を翻した。
「まってっ!」
…出ていこうとした俺の背中に、初めて聞く彼女の声が浴びせられた。
足が止まる。
つうっと垂れる汗を感じながら、俺はゆっくりと振り返った。