夏の幻


反射的にその部屋に足を向ける。

光に導かれる様に、俺はその扉を開けた。


…キィッと扉が鳴く。

薄暗かった廊下に光が溢れていく。





…これだ。

この衝撃だ。

五感が全て奪われる感覚。

俺の全てが吸い寄せられる。





…窓際の古い椅子には、赤い着物の彼女がいた。


滑らかな白い肌に、長いまつげの影が落ちている。

小さな赤い唇は少し開いていて、耳をすませばすうっと寝息が聞こえてきた。


…幽霊も、寝るんだ。

そんなしょうもないことが頭を過ったが、ふいに軋んだ部屋にはっと気を引き締める。



その軋みに反応して、彼女の瞼がゆっくりと上がった。


心臓が速くなる。


姿を現した黒い瞳はしばらく宙をさ迷っていたが、俺を見つけるとはっきりと色を変えた。

大きな瞳が見開かれる。



…ヤバ…



俺は反射的に身を翻した。





「まってっ!」






…出ていこうとした俺の背中に、初めて聞く彼女の声が浴びせられた。


足が止まる。


つうっと垂れる汗を感じながら、俺はゆっくりと振り返った。



< 8 / 37 >

この作品をシェア

pagetop