夏の幻
立ち上がった彼女の背後に光が満ちている。
それがまるで後光の様で、俺は軽く目を細めた。
「…お願い。誰にも言わないで」
光のなかで、彼女の口が動く。
「あたしを見たことは…誰にも言わないで。」
彼女の瞳は真剣で、俺はいつの間にか恐怖を忘れていた。
ゆっくりと肩の力を抜く。
「…言わないよ、誰にも」
彼女の瞳から安堵が漏れる。
微かに微笑んだその顔は、やっぱり息が止まる程に美しかった。
ふいに俺は口を開く。
「君は…幽霊?」
…言った後、この間抜けな質問に思わず苦笑しそうになった。
本人にそれを聞いてどうするよ。
…彼女はやっぱり驚いた表情をしていたが、ふいに口元を着物の裾で隠して微笑んだ。
俺が見てもわかるくらいの上品な笑い方だ。
そうしてゆっくり口を開く。
「そんなはっきり聞かれたの、初めて」
そう言った拍子に、髪の毛の鈴がチリンと鳴った。