溺愛結婚!?~7つの甘いレッスン~
私の複雑な気持ちをさらに追い詰めるように、マスコミは新しいニュースを次々に公にする。
コンクールの授賞式が明日に迫ったせいか、更に私の知らない私の過去が耳に入ってくる。
父が生前手掛けた物件も、かなり細かい作品まで調べられて週刊誌やテレビ番組で特集が組まれて公開された。
見るつもりはなくても、やっぱり気になるのか。
気付けば作品の殆どを知り、父がどれほどの力量の持ち主だったのかを受け入れる事となった。
私が関わった物件も改めてテレビで紹介されてるのも見て、なんだか客観的に自分の過去を振り返ってしまう時間も増えた。
そして、あまりにも大きな父の存在に震えながらも誇らしさがうまれる。
不思議だな…。
近くでその体温を感じたり声を聞いたり…優しく微笑んでもらったり、怒られたりした事もないのに、父という人生を知るにつれて、父からの愛情に包まれている気がする。
私が建築家の娘である事を知る以前から息づいていた同じ遺伝子のおかげかどうかはわからないけれど、何の違和感もなく選んだ職業は父と同じ。
『やっぱりね…』
今の会社に内定をもらった時にそう呟いた母さんは、まるでわかっていたかのような声だった。
小さな頃から絵を描いたり工作をしたりが好きだったから、私が建築の道に進むのも自然に感じたのかと思ったけど。
きっと、私の中にある遺伝子を意識していたからなんだとわかる。
心臓が悪かった子供の頃は、運動する事ができないせいで、家でも病院でも本を読んだり絵を描いたりしていた。
特に絵を描いている時間はとても幸せで、制約の多かった生活を忘れる事ができる至福の時。
もともと好きだったからか、否応なしに夢中になる時間が多かったからかはわからないけれど、絵の才能はまたたく間に開花した。
小学生の時に、絵画コンクールで大賞を受賞してからは更に自信がついて絵ばかりを描いていた。
町並みや建物の絵という子供らしくない絵に母さんは苦笑していた意味も今ならわかる。
小山内竜臣の遺伝子が私に強く息づいているから。工事現場の足場の絵を描いていた私の向こう側に見える父の姿に戸惑っていたはず。