溺愛結婚!?~7つの甘いレッスン~
物心ついた幼い頃から私が入院を繰り返す日常は当たり前になっていた。
初めて寝返りをしたのも立ったのも、離乳食を食べたのも全て入院中。
そんな時に記念に撮ってくれた写真も病室で笑っているものばかり。
傍らには母さんがいてくれて、入院中とは思えないほどに穏やかな瞳で私を見守ってくれていた。
仕事もしていたはずの母さんが、決して少なくない数の写真に私と写っている事の大変さに気付いたのは自分が仕事を始めてから。
フルタイムで仕事をしながら朝晩は私の付き添いもこなしていた母さんと同じ生活を、今の私ができるかと聞かれれば…。
正直自信がなくて。
かなり前に、そんな昔の事を聞いた。
『家と会社と病院が近かったからできたのよ』
大したことないようにあっさりと言い切る母さんは、昔からよく知るたくましく優しい母さんのままで、そんな昔の苦労を懐かしむような余裕も感じる。
今だから笑える過去のつらい時間だけど、母さんが言うように、病院と自宅が車で10分程度の距離だったから乗り越えられたんだとわかる。
子供の私が病院という切ない世界で病気と闘えたのは、母さんが側で笑っていたから。
心細い毎日も、思うように学校に通えないもどかしさも、二人で乗り越えてきた。
そんな私の小さな頃。
同じく入院している子供達とも仲良くて、治療という共通の目標があるせいか家族のように一緒にいた。
それでも、私の母さんのように、毎日会いに来てもらえない親を待ち続ける友達も少なくなくて。
昼間みんなでわいわい楽しく過ごしていても夜にベッドから聞こえる友達の寂しい泣き声に、私は何もしてあげられなかった。
翌朝真っ赤な目を気にしながら元気に『おはよう』って言ってくれるのも悲しかった…。